|
2011年 09月 04日
2010年 10月 10日
2010年 10月 09日
人間は、彼自身における直接的現存在から言えば、ヒトツの自然的なものであり、彼の概念にとって外的なものである。人間は、彼自身の肉体と精神を造りあげることによって、すなわち本質的には、彼の自己意識が自分を自由なものと捉えることによって初めて、自分を占有取得し、彼自身の所有となり、他の人たちに対して自分のものとなる。 ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリッヒ・ヘーゲル 2010年 10月 08日
2010年 10月 02日
絶望した場合でも、それでも外見上は全く普通の人間として何の差し障りもなく日々を送る事が出来る。 この世の仕事に従事し、結婚し、子供を産み、名誉あり声望ある位置に立つことが出来る。 そして彼には、より深い意味において自己が欠けているということにはおそらく誰も気づかないであろう。 自己というようなものについて世間の人々が大騒ぎすることは決してないのである。 なぜなら自己というのは、世間では一番問題にされることの少ないものであり、 自己とはそれをもっていることがちょっとでも気づかれるならば、これほど危険なことは、またとないような種類のものなのである。 自己自身を喪うという本当に一番危険なことが、世間ではまるで何でもないかのように、きわめて静かにおこなわれうるのである。 これほど静かに済まされうる喪失はほかにはなにもない・・・ もし何かほかのもの、腕一本、足一本、金五ターレル・妻等々を喪ったとしたら、まさか気づかずにはいまい・・・ セーレン・オービュエ・キルケゴール 2010年 09月 30日
2010年 09月 27日
考える機会が多ければ多いほど・・・ また長ければ長いほど・・・ 常に新たなる感慨と崇敬をともなって私の心を満たしてくれるものが二つある それは、我が頭上の星空と我が内にある道徳律である インマヌエル・カント 2010年 09月 26日
私はヒトツの実態であって、その本質あるいは本性はただ、考えるということ以外の何ものでもなく、存在するためにはなんらの場所をも要せず、いかなる物質的なものにも依存しない。 この「私」というもの、すなわち私をして私たらしめるところの「精神」は、物体から全然分たれているものであり、さらにまた、精神は物体より認識しやすいものであり、たとえ物体が存在せぬとしても、精神は、それがあるところのものであることはやめないであろう・・・ ルネ・デカルト 2010年 09月 24日
実態とはそれ自身のうちに在り、かつそれ自身によって考えられるもの。 言い換えれば、その概念を形成するのに他の何ものの概念を必要としないもの。 バルフ・スピノザ(神についての定義) 2010年 09月 20日
神が世界を創造した時・・・ 神にはなんらかの選択の余地があったのだろうか・・・ それが私にはいちばん興味があることだ・・・ アルベルト・アインシュタイン < 前のページ次のページ >
|
アバウト
![]() 天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先の御っかさんの甥の娘に一目惚れ by chobebi リカバリ中
最新の記事
カテゴリ
全体
写真 TOWER 瓦礫の言霊 カメラ写真 道具 撮影 書籍 雑文 日記 ぷぅ〜ほぃばぁ〜! 飲まずにはいられない コンチクショ〜 ゴハン 食べ物 飲み物 おやつ お茶 なつかしぃ〜 想い出 雑感 よもやまかるた あこがれw auto shanghai 魅火、剛っ!剛っ! スダさんの冒険 プチ寸劇 ご挨拶 未分類 ファン
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||